2009年3月8日日曜日

ベトコンはサーフィンをするか? 〜 Charlie don't surf

記述日時:2005年10月28日16:14

サーフィンベトナム戦争が関連づけられて語られるのは、米西海岸における60年代若者文化の象徴としてのサーフィンと、その破壊者としてのトナムという図式に於いてのみだろう。映画「ビッグ・ウエンズデー」で主人公のサーフィン仲間が徴兵によって引き裂かれるくだりも印象的だが、何といっても有名なのは映画地獄の黙示録でのSurfin' in Vietnamシーンだろう。

長大で難解なこの映画で、一番愉快で人気があるシーンがサーフィン狂のキルゴア大佐がベトコン村を急襲する場面。レオナルド・ディカプリオ主演の「THE BEACH」でも、バンコクはカオサンの安宿で欧米人バックパッカーがこのシーンを見ている場面があるが、おそらく戦争終結後に生まれた世代にとってのベトナム戦争の映像イメージはこのキルゴアのシーンに集約されるのではないだろうか。

そのキルゴア大佐は世界的に知られた名科白を二つも持っている。一つは “I love the smell of napalm in the morning”(朝嗅ぐナパームは格別だ)で、もう一つが “Charlie don't surf”(ベトコンはサーフィンしない)だ。この科白は特に欧米の若者文化の中で様々な形でサンプリングされてきた。

何故、この科白がこうまで人口に膾炙されたのかについてはハッキリとは解らない。しかし滑稽なやりとりの中に文化的な齟齬が垣間見えるこのシーンを象徴する科白であることが一因なのは確かだと思われる。軍事用語とサーフィン用語がごちゃ混ぜになった大佐と部下のちぐはぐなダイアローグは、母国から遠く離れたアジアの地に於いても、無理矢理自国のライフ・スタイルを押し通そうとするアメリカ人の滑稽な描写にも見え、そしてそれは本物の東南アジアに身を置きながらも、映画の中の西洋が解釈した東南アジアを見ていた方が安心できる、という「THE BEACH」のバックパッカーたちのパラドックスに他ならない。


〈以下当該場面〉

秘密任務を負ってナン川(メコン川を想定)を遡行しようとする主人公(
ウィラード大尉)は河口のデルタ地帯でキルゴア大佐率いるヘリコプター部隊のやっかいになる。川に入れるポイントまで自分たちを運んでもらうためだ。

ウィラード:川に入れる場所が二つがあります。広いデルタですが、確かなのはこの二つだけです。
Willard: Sir, two places we can get into the river, it's pretty wide delta, but these are the only two spots I'm sure of.


キルゴア:君が(地図で)指している村はちょっとヤバイぞ。
Kilgore: That village you're pointing at is kind of hairy.


ウィラード:“ヤバイ”と言うと?
Willard: What do you mean "hairy"?


キルゴア:ヤバイんだよ。重火器を持ってるし、しょっちゅう哨戒艇をやられてるし。マイク、お前ヴィン・ドラン・ドップのこのポイントについて何か知ってるか?
Kilgore: It's haiiry. Got some pretty heavy ordnance. I lost a few recon ship there now and again. Mike, you know anything about this point at Vin Drin Dop?


マイク:最高の波ですよ。
Mike: That's a fantastic peak.

キルゴア:波?
Kilgore: Peak?


マイク:約2メートル、極めつけの波ですよ。長いレギュラーと、ボウル・セクションのあるグーフィー両方行けます。信じられませんよ。完璧なチューブ天国ですよ。
Mike: About six foot. It's outstanding peak. It got both long right and left slide with a bowl section. That's unbelievable. It's just tube city.

キルゴア:何故いままで教えなかった?いい波?このクソまみれの国にはいい波なんて無いと思ってた。ムカつくビーチ・ブレイク(浜辺近くで崩れる波)ばっかりだ。
Kilgore: Why didn't you tell me that before? A good peak. There aren't any good peaks in this whole shitty country. It's all goddamn beach break.


マイク:そこはホントにヤバイんですよ。マクドナルドが殺られたところですし、奴らは我々を絶対に近づかせないでしょう。ベトコンのポイントですよ。
Mike: It's really hairy in there, that's where we lost McDonald. They shut the hell out of us there.That's Charlie's point.

キルゴア:そこを奪って、好きなだけ居座ってやるさ。望み通り川を上って好きなところに行けるぞ、若い大尉さん。まいったな、2メートルの波だって?
Kilgore: I can take that point and hold it as long as I like. You can get anyplace up thet river that suits you, young captain. Hell, a six-foot peak
.

マイク:しかし、サー・・・
Mike: I don't know, Sir...

キルゴア:何だ、マイク?
Kilgore: What is it, soldier?


マイク:ヤバイですよ。そこはベトコンのポイントです。
Mike: It's hairy in there. It's Charlie's point.

キルゴア:ベトコンはサーフィンをやらん!
Kilgore: Charlie don't surf!



和訳だけ呼んでると何が面白いのかわからないが、原文を読むと軍事用語のポイント(拠点・地点)サーフィン用語のポイント(いい波が立つ所)を取り違えて、会話がちぐはぐになり、あらぬ方向に話が進んでしまう面白さがわかる。はじめキルゴアはベトコンの軍事拠点についてマイクに尋ねたのだが、マイクはサーフィンのポイント(break point)と取り違える(あるいはジョークのつもりで)。しかし最後は「ベトコンの軍事拠点だから」とたしなめるマイクに対し、キルゴアは「ベトコンがサーフィンするわけないだろう」と逆転してしまっている。サーファーの世界では、いいポイントでは地元のサーファーに優先権があるという暗黙の了解があるそうで、マイクが「でもそこはチャーリーのポイントですよ」と躊躇するのはサーファーならではの心理で、さしずめキルゴアは傍若無人な他所者サーファーといったところなのだろう。

ちなみに「チャーリー」は米軍による南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)の蔑称で、Viet Cong→V.C.→Victor Charlie→Charlieとなる。

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